トップ対談

くすりの適正使用協議会のあるべき姿について、トップの方との話し合いを通して考える対談企画です。

Vol.2 エーザイ株式会社 代表執行役社長 (CEO) 内藤 晴夫氏

RAD-AR News Vol.23-No.3(2012.11)掲載

社会のあり方、医療のあり方が大きく変化している現在、くすりの適正使用はどのような状況にあり、それに対して新体制となったくすりの適正使用協議会はどのような活動をしていくべきなのでしょうか?
トップの方と黒川理事長の対談企画。第2回は、エーザイ株式会社の内藤社長にお話しいただきました。
エーザイ株式会社の企業理念であるhhc※1は、協議会活動にも通じるものがあり、協議会活動の現状と未来、それを取り巻く業界の状況などについても語り合っていただきました。


患者さまの満足を得るために
“患者様志向”で活動すべき

患者さんの「喜怒哀楽」を知ることが大切

-エーザイ(株)は、くすりの適正使用を使命とする協議会の、設立のまさに立役者であり、その思いが受け継がれ今日の協議会に至っています。その思い出を語っていただくとともに、協議会の理念と通じるhhcについてお話を聞かせていただきたいと考えています。

内藤

くすりの適正使用協議会は、当時(1989年)、虎ノ門にあった当社の事務所内に事務局が置かれました。当時の意志が今日まで受け継がれていることに私自身、感謝していますし、行政の中で主要なポリシーメーカーをされていた黒川さんが新理事長に就任され、ますます期待しているところです。

黒川

ありがとうございます。虎ノ門の事務所には設立当初から大変熱心な方が集まり、幅広いディスカッションが繰り広げられていて、私も皆さんに胸を貸していただきました。また、御社は四半世紀以上にわたり、WHOの適正使用の活動や開発途上国における医薬品の活用とアクセシビリティ※2について、芯の通ったお考えの下で活動しておられ、多くのことを学ばせていただいております。この四半世紀で、日本の社会は大きく変貌しましたが、御社は1989年には、すでに「hhc(ヒューマン・ヘルスケア)」という概念を打ち立てられ、患者さんを中心とした活動を展開されています。当協議会の理念にも通じるhhcについてお聞かせいただけますか?

※1 hhc:human health care(ヒューマン・ヘルスケア)の略。エーザイ株式会社の理念を一言に集約した言葉。ヘルスケアの主役が患者様とそのご家族、生活者であることを明確に認識し、そのベネフィット向上を通じてビジネスを遂行することに誇りをもちたいという意志を表し、エーザイグループの社員一人ひとりがこの言葉を共有し、実践している。

※2 アクセシビリティ:さまざまな製品や建物やサービスへの「アクセスのしやすさ」、接近可能性などの度合いを意味する。この場合、医薬品を必要とする方(患者さん)が、どれだけ医薬品を入手しやすい状況にあるかを示す。

内藤

くすりは患者様に服用してもらうことで初めて価値が発揮されます。そのため、製薬企業は患者様の本当の気持ちをどれだけ理解しているか、という点が大切になってきます。つまり、患者様こそ製薬企業が最も重視しなくてはならないステークホルダーであるという認識が、hhcを打ち立てたきっかけでした。しかし、患者様の喜怒哀楽は内に潜む「暗黙知」であり、容易に聞き出すことはできません。これを文章や言葉などの「形式知」として認識するためには「共同化(患者様との共体験)」というプロセスが必要になります。それが当社のhhc活動なのです。

hhc活動が生み出すさまざまな知恵

-hhc活動では、具体的にどのようなことに取り組むのですか?

内藤

当社では全従業員に「ビジネス時間全体の1%を患者様と共に過ごすために使う」ことを呼びかけています。具体的には、認知症や小児がん等の患者様の病院施設にうかがっての交流、また、患者様に当社の工場へお越しいただいての見学会や実験教室での触れ合い等を実施しています。これらの活動の中から、当社の認知症治療剤「アリセプトR」のゼリー剤が誕生しました。当時、アリセプトの液剤を開発していた当社の社員が、患者様がいらっしゃるデイケア施設に伺ったところ、認知症の患者様では液体の嚥下が難しいことを知りました。そこで、社員が患者様の傍らに寄り添うようにしてご一緒させていただき、どうすれば服用が簡便になるかを模索し続けた結果、ゼリー剤の開発にシフトしていったのです。

黒川

患者さんの喜怒哀楽を知るために寄り添うということは、患者さん一人ひとりが「心の容れ物」なのだと思いを馳せることと言えますね。

内藤

そのとおりです。当社の活動は患者様に満足していただくためのものであり、その結果として利益がもたらされると信じています。その中で最も不幸で、あってはならないのはくすりの副作用であり、それをどう最小化するかが重要なポイントです。当社は、WHOの顧みられない熱帯病であるリンパ系フィラリア症制圧プログラムを支援する目的で、2013年から7年間でその治療薬「ジエチルカルバマジン」22億錠を自社で製造し、WHOに無償提供することを決めましたが、薬剤をお届けするとともに安全性の情報提供や副作用報告も当社が責任を持って行います。また、当社の血栓症予防・治療薬「ワーファリンR」は薬物や食物との相互作用が複雑である上に細かい服用量の調整が必要であり、先の東日本大震災の混乱で医療機関が外来を制限する中でも、「ワーファリンR」の服用患者様には申し出るよう呼びかけていたほど、服用の管理が難しいくすりです。副作用があってはならないため、当社のお客様相談窓口でも適正使用についてしっかりご案内しています。こうしたことからも、くすりのビジネスは安全性の確保があって初めて成り立つものだと私は感じています。

 医療過誤の防止も大切です。現在、当社が全世界で進めている約500のhhcプロジェクトの一つに、注射剤の過誤を防ぐためにシリンジ(注射筒)にラベルを貼る簡単な仕組みを採用しているものがあります。hhc活動は、すべては患者様の満足を得るためにあるのです。

黒川

まさに当協議会が目指す理想そのものだと思います。

医療従事者と患者さんの間のくすりの情報の“差”を埋める

黒川

くすりの適正使用の現状は、当協議会実施のアンケートにも結果として現れているように、楽観視できない状況にあります。

こうした状況を受け、当協議会では中期活動計画として、医療従事者と患者さんが相互に納得したうえで積極的に病気を治せるよう環境整備に取り組んでいます。「くすりのしおり®」の作成は、まさにその具体的な取り組みの一つです。

「くすりのしおり®」は現在、144社、約11,000種類のくすりの情報を掲載しており、医療用医薬品全体の約7割をカバーしています。中でも御社の「くすりのしおり®」は日本語版、英語版共にほぼ100%提供していただいています。先ほど内藤社長は「暗黙知」を「形式知」にするための「共同化」とおっしゃいましたが、「くすりのしおり®」も、医療従事者が患者さんや子供たちに寄り添い、一緒に病気に立ち向かうためのツールとして利用いただけるよう、短時間で読めて理解しやすいよう配慮しています。今後、音声版も含めて掲載数を高めていきたいと考えています。

内藤

医療従事者と患者様を比べた場合、持っている医療情報の量には明らかに差があります。ですから、患者様は医師の説明を聞いたり、くすりの添付文書を読んでも専門用語が多く理解できないことが多々あります。くすりの適正使用協議会の「くすりのしおり®」の意義は、その差を埋めることにあると感じています。教育機関へ向けた「出前研修」や「教材貸出」も、とても大切な取り組みですね。

患者さんと同じ目線で、ねばり強く活動しよう

黒川

現在、大学の医学部では6年制の早い時期に臨床現場で経験を積む取り組みが行われており、薬学部でも医療機関で患者さんとFace to Faceで話しをする実地研修が行われています。「出前研修」や「教材貸出」も、そうした未来の医療を充実させるための一助になればと考えています。

内藤

患者様の目線でコミュニケーションをするという基本姿勢の形成を早くからできるのはとても良いことだと思います。ただし医療の現場では、多くの患者様と接する中で、正確な情報を短時間で伝えるのが難しいのも確かです。

黒川

大変難しい問題ですね。医療従事者も患者さんも、病気やくすりの基礎的な理解を積み重ねていくことによって、治療やくすりの服用についてのポイントが分かるようになると良いと思います。そこで大切なのは、医療従事者が上からの目線で患者さんを見てはならないということです。そのことを肝に銘じてねばり強く活動を続け、くすりの適正使用に一歩ずつ近づいていきたいと思っています。

内藤

くすりの適正使用は決して急に実現できるものではありませんね。またその前提としては、薬剤へのアクセシビリティの向上や、患者様が正しく服用する行動をお手伝いすることも重要だと思います。

くすりを待ち望んでいる患者さんのために

-今後の展望について、ご意見をお聞かせください。

黒川

現在は高校卒業生の半数以上が大学へ進む時代です。くすりの本質を理解する土台を持つ人の層はどんどん厚くなっています。さらに、インターネットやテレビなどを通して大量の情報が繰り返し送受信されています。その中で、私どもが発信するメッセージをきちんと受け取り日常の行動に反映していただくために、医療や社会心理学の専門家はもちろん、マスコミ、そして患者さんに意見をうかがいながら、製薬企業が活躍できる土壌を整備していきたいと思います。

内藤

日本では、以前に比べ、くすりや製薬企業に対する信頼が高くなってきています。くすりの適正使用協議会がこれまで取り組んできた地道な努力がこうした評価につながっているのではないでしょうか。一方、製薬企業としては、患者様にくすりが持つ力を大きくもなく小さくもなく適切にお伝えする、治療によるベネフィットを誤解のないように伝え、副作用情報もしっかりと伝達する必要があります。このようなスタンスを、当社ではMR教育の基本に据えています。

黒川

人間を対象にするくすりが“絶対に効く”とは言えません。そのような中で、患者さんの治療意欲をいかに引き出すか。今まさに、患者さんにしっかりと寄り添うことが求められていますね。

内藤

くすりの安全性情報も日々変わり続けています。新しく伝えなくてはならない情報は次々と出てくるため、まさにネバーエンディングであると言えると思います。

黒川

だからこそ常に最新情報の送受信と蓄積が必要ですね。製薬企業はもちろん、薬剤師の方々や患者さん一人ひとりからもフィードバックしていただき、医薬品を磨き上げていくよう努力していく必要がありますね。

内藤

その意味でも、協議会にもっと多くの企業からの支援があると良いですね。くすりにはまず医療用医薬品があり、長期収載品、後発医薬品、一般用医薬品等がありますが、どのようなくすりであっても安全性情報は不可欠です。現在の会員企業は研究開発型の製薬企業が中心ですが、もっと裾野を広げていただけることを期待しています。

黒川

役員、事務局一同で、今後も会員拡大に励んでいきます。

-「RAD-AR News」読者にメッセージをお願いします。

内藤

患者様はくすりを待っています。当社では認知症のくすりを開発、製造していますが、患者様やご家族が最も期待しているのは「次の認知症治療薬はいつ出るか・どのような効果があるか」ということです。そしてその回答が、患者様の治療への意欲に大きく関わってきます。疾病を治すことのできる「くすり」には、患者様の希望を生み出すという強い力があると言えるでしょう。ただし、その強みを患者様が理解できる言葉で伝えていかなくてはいけません。医療は患者様に対するサービス産業だと私は思っています。医療従事者の皆さんには引き続き患者様志向で仕事に取り組まれることをお願いしたいですね。

黒川

ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

-ありがとうございました。